宝くじは本当に「愚か者に課せられた税金」なのか?【定量的には測れない価値について】

宝くじは「もしかしたら”愚か者に課せられた税金”では無いのではないか?」というのが結論(?)です。

先日、Youtubeを徘徊していたら以下のような動画を見つけました。

本件に関係なく、私はひろゆきさんのコメントが結構好きでして、言っていることがすごく分かりやすいなぁといつも感じています。

この宝くじに関する指摘は、投資や統計について勉強をしていると必ずと言っていいほど耳にする話です。

そして、必ずと言っていいほど期待値の話が出てきます。

期待値とは

期待値とは、「ある試行を行ったとき,その結果として得られる数値の平均値」のことを言います。

例えば、5%の確率で100万円当たるが、95%の確率で1円も当たらないくじがあったとして、そのくじを何千回も購入したときに、1回あたりの当選金の平均(期待値)はいくらになるでしょうか?という問題がある場合、以下の計算式で期待値が求められます。

(100万円 × 5%)+(0円 × 95%) = 5万円 ← これが期待値

ですので、もしこのくじが10万円で販売されていた場合、平均で5万円当たるくじに10万円支払うことになりますから、宝くじを買えば買う程、5万円ずつ損をしていくということになります。

宝くじを買えば買うほど損になる。これが、一般的に宝くじが愚か者に課せられた税金と言われる所以です。

暗黙の前提とされている条件

上記の理屈は、正しいです。

ただ、正しいとする前提に、以下の条件が隠されています。

  • お金の価値は、額面通り
  • 期待値が収束するほど試行する

1点目のお金の価値は額面通りというのは、言い換えると1円には1の価値があるし、100円には100の価値があるし、1億円には1億の価値があるという前提のことです。

2点目は、つまり宝くじを買うべきか買わないべきかは、「何回も買った場合を想定した平均」で考えられるということです。

では、以上を踏まえて、次の問いについて考えてみてください。

100億円と100兆円、どっちが欲しいですか?

ある日道を歩いていたら、天から神様が降りてきてあなたにこう聞きました。

「1%の確率で100兆円もらえる宝くじと、99%の確率で100億円もらえる宝くじ、どちらか一方をあなたにプレゼントしましょう。ただし、一回だけですよ。」

どうでしょうか?

もし私だったら、99%の確率で100億円もらえる宝くじを選びます。だって100億円もあったら一生遊んでくらせます。これが私の価値観です。

では、それぞれのくじについての期待値を計算してみましょう。

【1%の確率で100兆円当たるくじ】
(100兆円 × 1%)+(0円×99%)= 期待値1兆円

【99%の確率で100億円当たるくじ】
(100億円 × 99%)+(0円×1%)= 期待値99億円

以上のとおりです。100兆円あたるくじの方が、期待値は大分高いことがわかります。

この期待値を計算しても、私はなお100億円当たるくじの方を選びます。

なぜなら、くじは一回しかもらえないからです。これが1億回くじを引くチャンスがあるという話であるならば、間違いなく100兆円のくじを選びますが、1回しか引けないなら迷わず100億円です。

つまり、私にとってはこのケースでは99億円の期待値>1兆円の期待値というのが成立してしまっている訳です。

なぜか?

なぜこんな逆転現象が起きるのでしょうか。

それは、私にとって、100億円も100兆円も変わらないからです。

100兆円なんて死ぬまでに使いきるイメージが湧かないし、100億円あれば死ぬまで遊んで暮らせるし、かつ子供にも(私が思う)十分な資産が残せると考えます。

額面だけ見れば、100億円と100兆円には1万倍もの開きがありますが、私にとってての価値は100億円≒100兆円ということです。もっといえば、100兆円だろうが1000兆円だろうが、それ以上の天目学的な金額だろうが、100億以上の額面に対しては価値の差というのはそこまで感じていないようにも思います。

では、宝くじに話を戻してみましょう。

年末ジャンボ宝くじが一等前後賞合わせて10億円ですが、この10億円に対して人が感じる価値というのはそれぞれです。

ある人(ここでは、Aさんとします)にとっては、10億円も、10兆円も、1000兆円も、等しく「とんでもない大金」という一括りの価値で測られれることから、10億円以上の金額差にあまり意味は無いということもあるかもしれません。

一等前後賞の当選金額が1000兆円だった場合、おそらく宝くじは期待値的にも「買うべき」という判断になるでしょう。ただ、Aさんにとっては1000兆円も10億円もAさんにとっての価値という尺度では等しく取り扱われますから、当選金額が1000兆円か10億円かで買うべきか否かの結論が変わってしまうことには違和感があるのです。

端的に言えば、Aさんのような価値感を持つ人に対して、宝くじを買うべきか買わないべきかという議論をする時に、額面での期待値を持ち出すのはナンセンスのような気がしてならないのです。

なので、宝くじの是非を期待値で語るのであれば、当選金の額面ではなく、額面に対してその人が感じる価値に応じた調整をした後の当選金(いわば、調整後額面)で語るべしと思ったりする訳です。

ただ、今の科学では、人の価値感を測定することはできません(多分)。

そして、人は測定できないものを科学することはできません。

科学できなものは証明できませんから、だから宝くじの話をする時はみんな「金額」とか「期待値」とかいう測定できるモノに話をすり替えているに過ぎないような気がするのです。

余談

余談ですが、私は宝くじは買いません。

期待値マイナスの宝くじに投資するくらいなら、株式投資に回します。

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